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biography

DMS Productions. / M.Okabe & O.Aoyama

M.Okabe
[幼少時代]祖父の家にて,叔父のレコードの中から,スタイリスティクス,ヴァン・マッコイなどディスコミュージックを聴き,驚嘆し踊り倒す.[小学時代]兄の影響でアメリカやイギリスの音楽に傾倒しだし,ポップミュージックの洗礼を受ける事となる.マイケル・ジャクソン,プリンス,マドンナなどを筆頭に,同年代より一足先に聴く事となる.[中学時代]PWLを筆頭とした,プロデューサーが軸となるダンスミュージックに聴き入っていたのがこの頃.兄がキーボードを弾いていた事に影響を受け,自分でも楽器を始めたくなり,たまたま,とあるダンスミュージックの中でフィーチャーされていたギターに憧れ,ギターを手にすることになる.[高校時代]兄のバンドにギタープレイヤーとして参加.短大の学園祭ライブ等で,初めて人前で演奏するチャンスを得る.この頃HipHopを意識しだす.コンピュータによるサンプリングと,リズムマシン,MTRを使った実験音楽の制作をスタートさせる.文化祭でのジングル制作において好評を博す.[大学時代]学園祭はもとより,各種イベント等で数々のコピーバンドを経験.それにともない様々な音楽に触れることとなり,ジャズ,ブルースなどのルーツミュージックを意識するとともに,自分が重きを置いているのは「ファンク」であることを自覚する.[卒業後][2001年]ヴォーカリストとコラボレーションするために,当時知り合いであった aoyama らと共にオーディションを行う.これをきっかけに aoyama とDMSを結成し,女性ヴォーカリストと共に楽曲製作をスタートさせる.  その後,ポーランドのプラグイン開発会社 PSP社との交流により,プラグインソフト 「PSP VintageWarmer」等,同社HP内日本語ページ作成に参加.同じく同社 「Lexicon PSP42」「PSP 84」ベータテスターを担当する.


O.Aoyama
[幼少時代]楽器の弾ける父と母のもとに生まれるが,音楽的な教育は特には受けず.絵を描いたり工作をしたり,創作意欲は早くからあったようだ.[少年時代]漠然と絵描きになりたいと思う.図画工作や美術は高校時代までずっと好成績.学年内でも絵を描くイベントに関してはほとんどすべてのお役が回ってきた.実は音楽もずっと好成績だったがそのことにはあまり関心がなかったのかもしれない(ドヴォルザークの「新世界」を聴いた授業だけは,衝撃度が強かったのか鮮明に記憶に残っている).[中学時代]よくあるケースだが,自分よりも遥かに画力のある同級生と出逢ってしまい,あっさりと絵描きを断念.諦めのつかない体質だが,このときだけは決断が早かった.14歳.偶然耳にした,坂本龍一「戦場のメリークリスマス」に深い感銘を受ける.父の本棚に同曲のスコアが掲載された本を見つけ,おもむろにピアノに向かう.楽譜は読めないので,音楽を一小節単位で聴きながら,楽譜を解析しつつ練習.指使いは滅茶苦茶だが,とりあえず弾けるようになる.2曲目の演奏曲を探す間もなく,オリジナルの創作にとりかかる.創作意欲が異常に高いのか,単に楽譜どおりに弾くことが嫌だったのか.15歳.自作のインスト曲(ピアノ,オルガン,木琴などを使用した六重奏)を学内で発表.卒業生お別れ会でピアノ伴奏も.[高校時代]友人に誘われ,ユニット形式のバンドをスタート.シーケンサーを活用する.作曲と編曲を担当.いくつか出来上がるも,ライブ活動は無し.ユニットを解消し,新たなバンドを結成.オリジナル曲を学園祭で演奏.別バンドにもヘルプで誘われ学園祭でキーボードを担当.このころはダンス系ポップスロックを主体としていたが,同時期にジャズの和声にハマる.ジャズの曲自体というよりもテンションの響きそのものにハマった.キースジャレットを真似てインプロビゼーションを自宅で毎日ひとりで行った.ジャム&ルイスにハマり,彼らのトラックばかりを集めたMDを自分で作って聴いていた.某音楽雑誌にオリジナル曲が掲載される.[大学時代]バンドは自然消滅し,ソロとなる.楽式と弦を独学で勉強し,ラヴェルなどに傾倒.インスト曲,ピアノ曲,管弦楽を作曲.ただし,これらを実際に外部で演奏したことはなく非常に心残りであり,弾いてみたいと思われるピアニスト及び管弦楽団の方はご一報願いたいくらいである.[卒業後]某ゲームハード会社と某ゲームハード会社に入社を試みるも,いずれも最終面接で落選し若干人間不信に陥る.レストランバーやライブハウスでのバンド演奏やゴスペルの伴奏に参加.米国人ドラマーらとのR&B/Soulバンドは刺激に満ち溢れていた.[2001年]間もなくして, okabe と意気投合し,DMSを結成.  演奏家である部分と,作曲家である部分が交差,また,体を動かすグルーヴのある音楽の部分と,クラシカルな音楽の部分が交差しながら現在に至る.静と動の入れ替わりが時々あるようだ.普段の気性もこれに似ているかもしれない.人前での演奏経験は多くみえる印象だが,演奏家としての自信はほぼゼロに等しい.本来は自らが出ていくタイプではなく,裏方・黒子に徹するタイプ.